「イチゴ大福だァ? ……あんなもん、邪道だ!」
和菓子屋『亀屋』の厨房に、主である源蔵の怒声が響いた。
あずきを煮て50年。源蔵は、昔ながらの製法と味を死守してきた。しかし、時代は令和。客足は途絶え、ショーケースの練り切りは乾き始めている。
「じいちゃん、今は『映え』なんだってば! 可愛いのがないと客来ないよ!」
食い下がるのは、出戻りの孫娘・里奈だ。金髪に派手なネイル。源蔵が最も嫌う「チャラチャラした変化」の象徴のような存在だ。
ある日、里奈が厨房の窓辺に小さな鉢植えを置いた。
「何だこれは。石か?」
源蔵が老眼鏡をずらして覗き込む。
小石が敷き詰められた鉢の真ん中に、指先ほどの大きさの、奇妙な物体が埋まっている。茶色くて、丸くて、真ん中に割れ目がある。
「リトープスだよ。『生ける宝石』って呼ばれてんの」
「宝石? ……どう見ても『猿の尻』じゃねえか」
源蔵は鼻で笑った。全く動かないし、可愛げもない。ただそこに鎮座するだけの、地味な物体。まるで、この古臭い店と、動こうとしない自分自身のようだ。
源蔵は、その「尻」に奇妙な親近感を覚え、こっそりと毎日眺めるようになった。
季節が冬から春へ変わろうとする頃、事件は起きた。
「うわあっ!」
朝一番、厨房から源蔵の悲鳴が上がった。里奈が慌てて駆けつける。
「どうしたの!?」
「り、里奈……尻が! 尻が割れたぞ!!」
源蔵が震える指で差した先。例のリトープスが、真ん中の割れ目からパカッと開き、その中からツヤツヤとした鮮やかな緑色の「新しい本体」が顔を出していたのだ。
まるでエイリアンの誕生だ。
古い外側の皮はシワシワに干からび、その水分をすべて吸い取って、中の新しい葉が瑞々しく膨らんでいる。
「気持ちわりぃ……けど、すげぇ……」
源蔵は呟いた。
石だと思っていた。変わらない、動かない、ただの塊だと。
だが、こいつはその内側で、じっと力を蓄えていたのだ。古い自分を突き破り、新しい自分に生まれ変わるために。
干からびていく古い皮は、まさに今の自分の姿だ。だが、その中にはまだ、こんなに鮮やかな「中身」が残っているんじゃないのか?
「……里奈」
「なに? じいちゃん」
「あの、イチゴなんとか。……作ってみるか」
源蔵の声は震えていたが、その目は、脱皮したてのリトープスのように濡れて輝いていた。
一ヶ月後。
『亀屋』の店頭には、行列ができていた。
目玉商品は「宝石(ジュエリー)練り切り」。リトープスのカラフルな色合いを模した、モダンで美しい和菓子だ。
その奥で、少しだけ今風のバンダナを巻いた源蔵が、忙しそうに、けれど嬉しそうに餡を包んでいる。
窓辺の「尻」は、すっかり古い皮を脱ぎ捨て、ひとまわり大きくなって春の日差しを浴びていた。
【Botanical Note:リトープスの生態】
物語に登場したリトープス(Lithops)。
アフリカの乾燥地帯原産で、動物に食べられないように、現地の石ころに擬態して進化した多肉植物です。そのユニークな姿から「生ける宝石」とも呼ばれます。
■ 衝撃の「脱皮」
リトープスの最大の特徴は、年に一度行われる**「脱皮」**です。
春先になると、古い葉(外側のペア)の真ん中が割れて、中から新しい葉(新球)が出てきます。
この時、新しい葉は古い葉の水分と栄養を吸い取って成長します。古い葉は徐々にシワシワになり、最終的には紙のように薄くなって枯れ落ちます。
この新陳代謝によって、彼らは過酷な環境でも瑞々しさを保ち続けているのです。
■ 育てるときの注意点
脱皮中(新芽が見えてから、旧葉が枯れるまで)は、**「水やり厳禁(断水)」**です!
ここで水をやってしまうと、古い葉が元気なまま残ってしまい、新しい葉が窒息したり、二重になって形が崩れたりします。
「シワシワになって可哀想」と思って水をやるのは、彼らの「生まれ変わり」を邪魔する行為。
じっと見守るのも、愛情の一つなのです。
見ているだけで哲学的な気分になれるリトープス。
あなたも机の上に「小さなお尻」を一鉢、置いてみませんか?