登場人物
私:顔が怖く、無口。近所から「何かの組の人」と誤解されている男。
少女:隣の部屋に住む小学生。好奇心旺盛。
『ハードボイルド・ハート』
俺の朝は早い。
ベランダに出て、愛する「相棒」の様子を見るのが日課だ。
相棒の名は『亀甲竜(きっこうりゅう)』。
ゴツゴツとひび割れたコルク質の塊根は、まるで歴戦の怪獣の甲羅。
この無骨さ、荒々しさ。まさに俺のような男に相応しい植物だ。
「……おはよう」
俺は低い声で挨拶し、蔓(つる)の誘引を始めた。
「おじさん、何してるの?」
突然、背後から声がした。
隣のベランダの仕切り板の隙間から、ランドセルを背負った少女がこちらを覗いている。
俺は眉間にシワを寄せないように気をつけながら(それでも寄っているらしいが)、振り返った。
「……植物の手入れだ」
「へえー! おじさん、お花屋さん?」
「違う」
少女は興味津々で、仕切り板越しに俺の相棒を見つめた。
俺は少し緊張した。
この亀甲竜の見た目は、子供には怖すぎるかもしれない。
「怪獣みたいで気持ち悪い」と言われたら、俺のガラスのハートは粉々になる。
「うわぁ……!」
少女が声を上げた。
来るか。罵倒か。悲鳴か。
「かわいい!!」
……は?
俺は耳を疑った。かわいい? この岩が?
「見て見て! 葉っぱが全部ハートだ! めっちゃハート飛んでる!」
少女が指差したのは、塊根ではなく、そこから伸びる「蔓(つる)」の方だった。
そう。亀甲竜の最大の特徴。
その厳ついボディからは想像もつかない、鮮やかな緑色の、完全な「ハート型」の葉っぱ。
それが朝風に揺れて、フワフワと舞っている。
「本当だ……おじさんのベランダ、ハートだらけだね」
少女はケラケラと笑った。
「おじさん、顔は怖いのに、ハートが好きなんだね。乙女だね!」
俺は絶句した。
乙女。
人生で一度も言われたことのない単語が、胸に突き刺さる。
否定しようとした。
「これは『ディオスコレア・エレファンティペス』といってだな、この葉は光合成効率が……」
だが、風に揺れる無数のハートを見ていると、どうでもよくなった。
確かに、俺はこのギャップに惚れているのかもしれない。
強面の中に隠した、繊細な優しさ。
そうありたいと願う自分の心を、この植物は映しているのかもしれない。
「……まあな」
俺は不器用に口角を上げた。
「かわいいだろ?」
「うん! また見せてね、乙女おじさん!」
少女は手を振って学校へ走っていった。
乙女おじさん。
新しいあだ名に苦笑しながら、俺は相棒のハート型の葉を、小指でそっと撫でた。
まんざらでもない朝だった。
解説:岩から生えるハート
『ディオスコレア・エレファンティペス』、和名『亀甲竜』。
その名の通り、成長すると塊根の表面がカメの甲羅のように深くひび割れ、ボコボコとした突起に覆われます。
そのワイルドな見た目は、多くの男性ファンを魅了します。
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ギャップ萌えの最高峰
しかし、そこから伸びるツルと葉は、非常に繊細で可憐です。
葉の形は完璧な「ハート型(心臓形)」。
無骨な岩塊から、ラブリーなハートが無数に舞う姿は、植物界随一の「ギャップ萌え」と言われています。
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冬型の代表種
亀甲竜は「冬型」の塊根植物です。
夏の間は葉を落とし、ただの「岩」として休眠します(この時期は本当に生きてるのか不安になります)。
そして涼しい秋風が吹くと、突然ツルを伸ばし、ハートの葉を展開して成長期に入ります。
冬の寂しいベランダを、緑のハートで彩ってくれる貴重な存在です。